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ヘルスケアアプリを用いたホームエクササイズが腰部脊柱管狭窄症の臨床成績に及ぼす影響に関する多施設共同介入研究Research-3

1.研究代表者 豊田宏光
2.研究課題 ヘルスケアアプリを用いたホームエクササイズが腰部脊柱管狭窄症の臨床成績に及ぼす影響に関する多施設共同介入研究

3.研究の目的と背景

 デジタル通信・解析技術の進歩を背景に、様々なヘルスケアアプリや治療用アプリ(Digital therapeutics)の実用化が欧米を中心に進んでいる。本研究の目的は、日本腰痛学会を中心に編成された専門家チームの集合知を活用して、脊椎疾患を有する患者の障がいや疾患の治療、健康増進に寄与するヘルスケアアプリを開発し、その効果を多施設共同無作為化比較試験で検証することである。具体的な対象として取り上げたのは、本邦における有病率が10%で約580万人の患者数が推定され、超高齢社会の中で今後さらなる罹患患者数の増加が見込まれている腰部脊柱管狭窄症患者である。腰部脊柱管狭窄症は、腰痛のみならず下肢痛やしびれによる歩行障害を引き起こす代表的疾患であり、脊椎疾患の中で最も手術が行われている疾患である。

 本研究の特異な点は、①全身持久力および筋持久力に主眼をおいた運動療法と提供すること、②セルフマネジメントを促す様々な要素に対してアプリを活用することである。ヘルスケアアプリを活用して解決したい課題は、ホームエクササイズで問題となるコンプライアンスを強化すること、紙媒体ではわかりにくい各種運動プログラムの詳細を動画を使っていつでもどこでも学習できるようにすること、痛みや活動量を記録して利用者にフィードバックすること、モバイル端末に内臓されたセンサーを用いていくつかの身体機能を評価することなどである。薬物、ブロック、手術療法では改善が困難な全身持久力向上を目的としたヘルスケアアプリを開発し、有効性を大規模な多施設共同ランダム化試験を行い検証することが本研究の目的である。有効性が示され、治療アプリとして社会実装されれば、医療格差、医療費抑制、健康長寿社会の実現に大いに貢献するものと考える。

4.研究の社会的意義(患者視点)

 腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021では、「腰部脊柱管狭窄症の術後の理学療法は治療成績を向上させるか?」に対して「術後の理学療法は術後3か月での痛みやADL/QOL改善に有用であり推奨できるが、術後1年での有用性は乏しい」と記載されている。理学療法士が直接指導する運動療法の効果を検証したいくつかのランダム化比較試験による結果であるが、例え有効であったとしても、術後に理学療法を行える環境が十分に整えられていなければ運動療法の恩恵を受けることが出来ない。また、理学療法の内容や強度、実施回数や期間、認知行動療法の追加などの内容もさまざまであり、どの運動メニューが効果的であったのかについては以前不明である。ヘルスケアアプリを活用したホームエクササイズを開発することは、できる限り多くの患者により実現的な方法で運動療法を提供することにつながり、真の課題解決につながる。有効性を実証するためには単一施設では困難であり、大規模な多施設共同介入試験を行う必要がある。エビデンスの創出には、日本整形外科学会や日本腰痛学会など学会を主導としたオールジャパンの体制で望むことが必要と考え本件を立案した。

5.本研究が今後の診療にどのように役立つか

 様々な産業においてデジタル変革(デジタル・トランスフォーメーション)が進展するなか、ヘルスケア分野(予防医療)においても、デジタル技術やデータを活用した新たな取り組みが始まりつつある。ヘルスケアアプリの活用については、近年、様々な領域で有効性が証明されるようになってきており、ホームエクササイズの課題解決の方略として活用する利点があると考える。2022年に本邦でも薬事承認された高血圧治療補助アプリは、患者は家庭血圧と日々の降圧に関する行動の実践状況を入力し、医師は診療時にそれを閲覧しつつ適切なアドバイスを提供することが特長であり、生活習慣を是正する治療アプリを用いることで真の目的とする降圧効果を示した(Kario K et al; European Heart Journal 2021)。変形性膝関節証の保存治療(Nelligan RK et al: JAMA Intern Med 2021)、慢性腰痛や頸部痛(Marcuzzi A et al:JAMA Network Open. 2023)、2型糖尿病患者の体重管理(Lim SL et al:JAMA Network Open 2021 )禁煙(Nomura A et al: J Med Internet Res 2019)等についてもヘルスケアアプリが開発され有効であることが示されているが、脊柱管狭窄症患者の術後ホームエクササイズにヘルスケアアプリを活用してその有効性を調べた研究はまだ行われていない。有効性が実証されれば、高騰する医療や介護の財源や介護者等のマンパワー不足などの問題の解決にもつながる。